医学専門誌を患者が読む意味


まず、聴神経腫瘍について私が参考にした医学書院「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」2016年12月号「特集 聴神経腫瘍診療のNew Concept」を引用をする形で整理をします。「耳鼻咽頭化・頭頸部外科」誌は医療従事者向けの専門誌ですが、患者側がただしく認識をするという点でも、こういった情報に触れておくことはとても大事だと考えています。

実は私の場合、特にノイズ情報となったのは、心配をする家族からのインターネット情報の引用でした。比較的大きな病気を患った自分に対して、家族に心配するな、ということは人でなしと思われるかもしれませんが、バイアスの無い客観的事実の把握には医学専門誌は、不安をあおる家族への対抗手段であり、また、医師への相談の際の質問のポイントを明確にするための良い材料となりました。

2017年4月時点では、当該号は最新の情報と言えますが、日々、情報の鮮度は落ちていくものなので、同様の特集が再度なされる可能性がありますので、必ずご自分で最新情報が無いか必ず調べて下さい。

聴神経腫瘍についての整理


聴神経腫瘍は全頭蓋内新生物1中約8%,小脳橋角部腫瘍2中約90%を占める代表的脳腫瘍であり第Ⅷ脳神経,とりわけ前庭神経からほとんどが発生する。このため,英語ではvestibular schwannomaと呼ばれることが多いが,また,acousticneuroma とも呼ばれる。どちらかといえば,脳外科では前者が多く,耳鼻科では後者が多かったが,最近は前者が多くなってきたように思われる。本腫瘍は近年,早期に診断されることが多くなりその理解も年々変化してきている

(後略)

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当該内新生物は、下垂体部腫瘍、脳腫瘍、転移性腫瘍
小脳橋角部は後頭部下半分の脳幹と小脳部分を意味します

デンマークの報告

聴神経腫瘍に限らず,疾患の発生率(incidence)を求めるのは簡単ではない。通常,患者は自由に移動し,さまざまな医療機関を受診するため,人口当たりの発生数が計算できないからである。そのなかで,デンマークのコペンハーゲン大学から,長年にわたり聴神経腫瘍の発生率が繰り返し報告1-5)されてきた。デンマークでは人口が500万人程度で,保健制度により聴神経腫瘍の患者はごく少数のセンター施設に集中することになっており,また,国外に患者が移動することもほとんどない。

(中略)

さらに2010 年5)には1976 年から2008 年までの全データを解析した結果を報告しているが,そこでは1976 年の人口100万人当たり年間の発生数(診断例数)3.1 から2004年に最大値22.8 となり,その後減少して2008 年に19.4 となったとしている。

(中略)

デンマークにおける聴神経腫瘍の発生率はMRI 登場以前の診断が難しかった時代から直線的に増加しているが,MRI が臨床に供され造影剤が使えるようになって診断が容易となってもさらに増加し続けてきた。その理由の1 つは,上記の結果から考えて,MRI の普及により以前は検査を受けることが少なかった高齢者がよりMRI を撮ることが多くなったことが考えられよう。しかし,その増加も2008 年をピークに落ち着きをみせ,おそらく聴神経腫瘍の年間発生率は人口100万人当たり19 程度で推移するだろうと予想している

その他の報告

(前略)

一方,米国では2004年から中枢神経系腫瘍の登録(SEER:Surveillance Epidemiology and End Results)が開始されており,2004 年から2009 年の登録から,人口100 万人当たり年間12 という結果が報告10)されている。しかし,この登録は当然ながら医療機関で聴神経腫瘍が診断されたもののみである。国民皆保険の日本と異なり国民の15%が健康保険に加入しておらず,しかも受診や検査には保険会社の許可が必要で容易にMRI を撮ることができない米国では,実際の患者は登録の2,3 割増しと考えられるので,おそらく発生率は人口100万人当たり年間15~16 程度であろうと予想される。

出所:
医学書院「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」2016年12月号 聴神経腫瘍の疫学と病態―最近の考え方 橋本省
はしもと しょう:国立病院機構仙台医療センター(〒983‒8520 仙台市宮城野区宮城野2‒8‒8)

インターネット上の情報の数字は100万人に12人という数字を目にしますが、SEERの数字をそのまま引用して使われているものと考えられます。12人なのか19人なのかという点が違うという点を気をつけなければならないことではなく、米国の研究報告の12人が最新の数字と異なるということ。つまり、情報の鮮度としては古いということです。情報の鮮度の低い旧い話を鵜呑みにすると、無用に不安感をあおられる可能性があることを認識しなければならないと思います。

聴力障害の機序

蝸牛神経が腫瘍と内耳道壁に挟まれて圧迫されると,聴力障害すなわち後迷路性難聴が出現するとされる。蝸牛神経内の求心性神経線維の配列は蝸牛の周波数配列を反映しているとされるから,神経に加わる圧迫の状態により,聴神経腫瘍に特徴的な皿型や谷型聴力などさまざまな形の難聴が出現すると考えられる。

(中略)

最近,培養聴神経腫瘍細胞あるいは手術摘出腫瘍細胞からの抽出液に小胞(extracellular vesicles)が含まれ,聴力の悪い患者の腫瘍細胞から抽出された小胞が有毛細胞,神経線維などを直接傷害すると報告された。これが事実とすれば,腫瘍がかなり小さく内耳道底に充満していないのに聴力が悪い症例があることの説明が可能となり,また,腫瘍の大きさと聴力に相関がないことも説明できることになる。聴神経腫瘍における聴力障害発生の機序は十分に解明されておらず,今後の治療と機能保存を考えるうえで,その病態解明が待たれるところである。

出所:
医学書院「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」2016年12月号 聴神経腫瘍の疫学と病態―最近の考え方 橋本省
はしもと しょう:国立病院機構仙台医療センター(〒983‒8520 仙台市宮城野区宮城野2‒8‒8)

聴神経腫瘍によって聴力障害を起こすメカニズム(機序)は、十分に解明されていないという事は、非常に大きな事実であり、治療戦略における患者の意思判断を左右すると考えます。

 

治療戦略について


それぞれの治療戦略については、専門医の先生と相談をして個別の判断をしなければなりません。一方で、どのような治療方法があるのかを知った上で、また、患者側が何を重要視するのかを明確に意思表示をしなければ専門医の先生への相談ができません。医師は専門医といえどもアドバイスは出来ても、最終的な意思決定は患者に委ねなければならないため、バイアスを持たずにリスク・ベネフィットを知っておくことは重要だと考えています。よって、以下にそれぞれの治療戦略の概要部分のみを抜粋・転載します。

治療戦略全体の概要

聴神経腫瘍の機能保存を視野に入れた治療には,早期診断が不可欠である。そのためには,初診時に患者が訴える聴神経腫瘍関連症状を見逃さないことが必要である。聴神経腫瘍の臨床症状には多様性がありその診断は時に困難を極めるが,さまざまな聴覚生理学的検査方法の進歩と相俟って,MRI による診断技術の進歩と普及により,無症状あるいは症状が軽微な内耳道に限局する聴神経腫瘍もよく発見されるようになってきた。

 聴神経腫瘍の治療方針としては,手術,放射線治療のほか,経時的に臨床症状の変化やMRI にて腫瘍の状態をみながら手術や放射線療法の適応を考えていくというwait and scan も考慮される。

(後略)

Wait and Scanの概要

  • Wait and scan を選択するためには,聴神経腫瘍を無症状もしくは症状軽微な内耳道内腫瘍 や小腫瘍のうちに早期診断することが重要である。
  • Wait and scan の選択に当たっては,メリットとデメリットを説明し,患者自身とよく話し 合いながら治療方針を決定していくことが肝要である。
  • 定期的なwait and scan を行い,腫瘍増大と自覚症状の観察を行いながら,手術や放射線療 法も考慮する。
  • Wait and scan という考え方の基本は,患者の全人的なQOL の維持である。

出所:
医学書院「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」2016年12月号 ≪治療戦略≫Wait and Scan 佐藤輝幸 石川和夫
さとう てるゆき:秋田大学大学院医学系研究科耳鼻咽喉科・頭頸部外科学講座(〒010‒8543 秋田県秋田市広面字蓮沼44‒2)
いしかわ かずお:日本赤十字社秋田病院めまいセンター

放射線治療の概要

  • 脳槽部最大径が2~2.5 cm 以下の腫瘍がガンマナイフ治療のよい適応である。
  • ガンマナイフによる本腫瘍の制御率は5 年以上の経過観察でおおむね90%以上であり,現 在の治療技術を用いれば合併症としての顔面神経麻痺をきたすことは稀である。
  • 本腫瘍に対するガンマナイフ治療後の約5%で,交通性水頭症の合併をみる。
  • 再発腫瘍に対するガンマナイフ再照射は選択肢の1 つとして考慮しうる。
  • 神経線維腫症Ⅱ型(neurofibromatosis type 2:NF2)の聴神経腫瘍に対するガンマナイフ による腫瘍制御率,聴力温存率はともにnon-NF2 例に比して不良である。

(後略)

出所:
医学書院「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」2016年12月号 ≪治療戦略≫放射線治療 周藤高
しゅうとう たかし:横浜労災病院脳神経外科(〒222‒0036 神奈川県横浜市港北区小机町3211)

手術:後頭蓋窩法の概要

  • 聴神経腫瘍の手術適応は,若い患者,放射線治療の適応外である脳槽部25~30 mm 以上の 大きさの腫瘍や囊胞性の腫瘍,聴力温存目的あるいは成長速度の速い小さい腫瘍である。
  • 後頭蓋窩法の強みは,どのような大きさの腫瘍に対しても聴力温存を企図することが可能 であること,術野が広くオリエンテーションがつけやすいことである。
  • 機能温存のために顔面神経や蝸牛神経上にわずかに腫瘍を残存させたとしても,再発予防 のため,内耳道内に腫瘍を残存さないことが重要である。
  • 連続的に顔面神経を直接刺激する持続顔面神経モニタリングこそ,腫瘍の剝離操作中に顔 面神経機能の落ち際を捉えられる唯一の「リアルタイムモニタリング」である。
  • 機能温存のために重要なポイントは,後頭蓋窩法,必ずしも全摘に固執しない手術ポリ シー,持続顔面神経モニタリングなどであると考えている。
  • 経過観察・手術・放射線治療がケースごとに適切に選択されれば,手術の「センター化」と 相まって,聴神経腫瘍の治療成績は今後さらに向上してゆくことが期待される。

(後略)

出所:
医学書院「耳鼻咽喉科・頭頸部外科」2016年12月号 ≪治療戦略≫手術:後頭蓋窩法 河野道宏
こうの みちひろ:東京医科大学脳神経外科(〒160‒0023 東京都新宿区西新宿6‒7‒1)

私自身も複数人の専門医を含む医師に相談をしましたが、腫瘍のサイズが1cm前後という小型だったので、最も最初に出てくる選択肢は経過観察(Wait and Scan)でした。一方、私の中での最優先順位は現在の聴覚を可能な限り残すことでした。Wait and Scanによる時間経過に伴う聴力低下・喪失の可能性を鑑みると、ガンマナイフに伴うリスクを含めても、治療による腫瘍コントロールを行う選択をしました。ただし、それぞれの選択については、聴神経腫瘍が発見された時のサイズ、年齢、人生における状況等、非常に個別の要因による所も大きいので、一概にガンマナイフによる治療が全員にとって最良の選択肢とは限らない点にはご留意下さい。

(続く)